2013/06/19

Move On Up

_0115124 by Yutaka Kanai
_0115124, a photo by Yutaka Kanai on Flickr.
気がつけば既に6月も第3週目。来週には新店舗への搬入が始まり、開店まであっという間に過ぎてしまうんだろうな。ゆっくり休みが取れるのも今日を境にしばらくないかもしれません。そう思うと色々やっときたいのですが、何をやったらよいのか分からず採り合えずの意識の整理の為にこうしてブログを書いてみたりしてます。
もう何度も店の開店立ち上げには携わっているけど、毎度毎度気が気でない。まして今回は新しい事を2,3始める訳で、その辺もまだ固まってない中で・・・そこが不安材料でもあったりします。基本「なんとかなる」な気持ちでやってますが、やった事のない事には結構ビビリなんで慣れるまで試行錯誤してやっていこうかなと思います。近況はこんな感じで。

2013/06/07

In My Life

R0113754 by Yutaka Kanai
R0113754, a photo by Yutaka Kanai on Flickr.

おばあちゃんが亡くなってから10日。葬儀が済んだ後は溜まった月末の仕事をこなしながら5月末で休業した根津店の片付けと引越しで久々に疲れた・・・って感じた。目まぐるしく過ぎていったこの10日間だった。そんなさなかでも写真はなんだかんだ撮っていて、うっかり気持ちが流されそうになってしまいそうになった時にも写真があって本当に救われた。カメラを持ってれば安心みたいな。特にオールドのライカレンズの描写のそれは精神安定剤の如く、映し出すトーンを見てるだけで気持ちが落ち着いた。好きな写真集を見て気持ちが和むのと同じように、写真を撮ってモニターに写しだされる色合いには癒しの効果があるのかもしれない・・・いや自分だけかもな。まあなんにせよ、写真があって良かったという話。

ここ最近仲間に加わったライカの古いレンズ達はみんなおじいさんで、一番の長老は1935年のズマール。次いで1951年のエルマー5cm、1950年代後半のエルマー9cmとズマロンは1954年だったかな。と、Lマウントライカおじいさんレンズソシアルクラブが今熱いです。良い季節になってきたしバイクももうちっとなんとかして、小旅行がてら写真を撮りに行きたいなぁ。

2013/06/03

お別れの言葉








































お別れの言葉

おばあちゃんへ。
今日、このような形でおばあちゃんへ
お別れのことばを読まなければならなくなったことは非常に残念です。


結婚式には足の悪いところ宮崎まで来てくれて、式の中涙ぐみながら一番喜んで
くれたのはおばあちゃんでしたね。その涙に自分も貰い泣きしたのを思いだします。
仕事をするようになってからは、「ゆたか、仕事のほうは順調かい?」
と会うたびにいつも気にかけてくれました。仕事をする中で必要な事も
いろいろ教えてくれました。
その言葉の一つ一つが今でも仕事でつまづいた時にはとても助けになっています。
その中でもおばあちゃんが口癖のように言っていたのは
「いつでも感謝の気持ちを忘れてはならない」その言葉が一番耳に残っています。

今日はおばあちゃんに感謝の言葉を送りたいと思います。

今まで、ほんとうにありがとう。おばあちゃんが私たちに教えてくれたこと、与えてくれたものを
心の糧にして家族みんなで生きていきます。

旅行が大好きのおばあちゃん、今日は新しい旅立ちです。
先に待っている仲良しの小寺さんとまた天国でいろんなところへ旅をするんでしょうね。
気をつけていってらっしゃい。しばしのお別れです。また会おうね。


さようならおばあちゃん。

2013/05/30

おばあちゃん


昨日祖母が亡くなりました。享年89歳。
孫から見たおばあちゃんの印象は、いつでも明るく前向きで賑やかな事が大好きな人でした。あと電話の声が普段の声より一声高くなるのが子供の頃から聞いてて面白いなぁって思ってました。電話すると喜んでたなぁ。話始めると軽く2時間は話しが止らなかった。話すだけでも体力使うだろうし聞いてるこっちの方が疲れたよ。自分で言うのもなんだけど4人いる孫の中で一番可愛がってもらったのかなって感じます。なんとなくそれは自分でも分かっていて随分と甘えました。晩年仕事が忙しいって理由であまり会う機会もとってあげれなかったけど、残った写真を見てると結構お友達と旅行に行ってたりデイサービスでも楽しそうだったり、自分でも遊べる人だったんだなって思いました。戦争を体験をしているし随分と苦労をしたんだと思う。その顔の一つ一つに刻まれている皴が改めて見ると木の年輪の如く美しいと思いました。うーん話が纏まらない。孫代表で弔辞を読むのだが、困ったなぁ・・・
えー今週末になりますが送ってきます。まぁなんだか今は全然実感が無いのです。

2013/05/24

柳家喬太郎





































人生三度目の落語ブーム。と言うのもこの方のお陰。
ご存知柳家喬太郎。
お名前は随分前から存じ上げておりましたが、かつて二度あった落語ブーム時代は古典ばかり聞いていたので、喬太郎さんのイメージは新作落語の噺家ってイメージが強かったので、全く聞いていなかった。
落語の噺の種類として江戸後期から大正までに作られたものを古典といい、その数は400とも500あるとも言われ、その後の近代の噺家が創作した落語を新作落語と分けられております。新作の場合、現代を舞台とする話しも少なくなくありません。その分話しが軽くなるイメージがあったので、古典こそ落語と思っていた時分には、新作=喬太郎さんは全くのスルーでした。ここ一年ぐらい・・・これも録画番組で落語撮りだめをしている中に喬太郎さんが司会を勤める番組があって、そこで新作ではないばりばりの古典を聞いて、いっぺんでやられてしまった。古典落語の噺家としてもすごかった。その後聞いた喬太郎さん作の新作落語も面白く、こんな衝撃を受けたのは志ん生を聞いた時以来だった。
二度目の落語マイブームの時に志ん生/文楽/円生/小さんを筆頭に昭和の名人を聞き漁り、行き着いたのが小三冶と談志。この両人が現代の落語家の最高峰でこれ以上のものは無いんだと思っていた。その二人を越える噺家を開拓しようと試みたが、この二人+志ん生を越える落語家もめぐり合えるはずもなく暫く落語からも遠ざかっていた。
そこへきての柳家喬太郎。三代目柳家小さんを夏目漱石が「彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合せである」と『三四郎』の中で書いているんだけど、まさに「喬太郎がいる時代に生きてられて大変に幸せ」なのです。
折りしも浅草園芸ホール下席夜の部主任は喬太郎。スカイツリー一周年も重なって浅草園芸ホールは超満員。ネタは禁酒番屋。随所に喬太郎さんの擽りが散りばめられ、大笑いして帰ってきました。この人の落語は一過性でなくクセになります。出囃子「まかしょ」を聞くだけでわくわくさせてくれる数少ない噺家の一人です。

話は変わって日付も変わり24日。そうです今日はGRの発売。さぁリコーの反撃がはじまりますよー。

2013/05/20

Sphärenklänge

DSC_2214 by Yutaka Kanai
DSC_2214, a photo by Yutaka Kanai on Flickr.
毎週休み前の月曜日は撮り溜めした番組を見ながら食事をすることが多く、それらをあらかたチェックし終わると、NHK教育(今はEテレって言うんだな)で押尾コータローが講師をして、まなちゃんかなちゃんのまなちゃんと、俳優の渡部豪太が生徒になってギターレッスンをするってのをなぜか観ていた。今日は最終会で課題曲の戦メリの発表会だった。拙い演奏であれ人が心を込めて何かを一生懸命する様は見ていて気持ちが良い。
先日もうちのスタッフのライブを観に行ったばかりで、やっぱり音楽って聴くのも良いけどやってなんぼだなあって思った。ふと横を見ると随分弾いてない電子ピアノが埃かぶっちゃってるわ。クラシックからもだいぶ足を遠のいてしまってたけど、軽いインベンションあたりからまた始めようかな。